*ちょっと面白いお話みぃつけたぁ*
古典に見る薬と食
出典:伝統医学 通巻44号 辰巳 洋氏(本草薬膳学校)

200年続いた西漢から東漢に移り、この時代の蔡倫が、髪の製造技術を発展させた事で多くの書物が作られました。この事は、当時の医学界にも影響を与え「神農本草経」(中国最古の薬学専門書)と「傷寒雑病論」(当時初めての臨床診断治療の専門書)が生まれました。
神農本草経

「史記」など多くの書物に、「神農」は痩せた人間の身体に牛の頭を持ち、角もあったとあります。
彼は、3歳ですでに農業について理解し、その後、農具・陶器。紡織を発明しました。
特に、火を上手に利用したことから「炎帝」とも称されました。
漢の陸賈の「新語」に「神農は、多くの薬草を自ら食して。食物と薬物に区別し、薬草学の発展に貢献したが、結局、薬草によって命を奪われた。」とあるそうです。このような医薬に関する神農の功績は「神農本草経」として現代まで伝承されています。
【例】菖蒲は、現在、難聴・認知症使われることがありますが、「神農本草経」には、「主に風寒湿痺・咳逆上気・開心孔・補五臓・通九竅・明耳目・出声音に用いられる。長期服用で身体は軽くなり、不老長寿に優れる。」とあり、「上品」に分類されえいるそうです。「上品」とは、毒性がなく、作用が穏やかで、長期摂取することで健康になるとされる、食材に近い薬の事だそうです。
傷寒雑病論

東漢時代、疫病が流行し「洛神賦」には、「家々には死体が転がり、どの部屋からも泣き声が聞こえた」と当時の様子が描かれているそうです。張仲景は、官僚から医者に転身し、「傷寒雑病論」を表したそうです。
傷寒雑病論は、「傷寒論」と「金匱要略」からなるそうで、「傷寒論」には、方剤・治療・薬の加工法・用法についても書かれているそうです。
【例】桂枝・茯苓・大黄・厚朴は皮を剥く
   姜・附子は切る
   大棗は2枚に分ける
   麻黄は節を取る
   麦門冬・天門冬・巴豆は、芯を取る
   甘草は殆どの場合、炙ってから使う
   半夏は、洗って清酒に漬ける
などの前処理を行っています。
張仲景

張仲景は、料理にも精通していたようです。周時代の料理の名人「伊尹」の影響を受けていたそうです。
「傷寒論」の処方では、食材が多く使われています。酢・酒・蜜、大棗・甘草・桂枝・生姜、米・卵・蛤・豚の皮・牡蛎・海藻・葱白・小豆・杏仁・桃仁など。
煎じる水も、温水・酒・甘欄水・清漿水・麻沸水・潦水と使い分けます。
煎じる他に、蒸したり、炒めたりする場合がありました。
服用時、白湯・熱湯・沸騰した湯の使い分け、病気によっては薬服用後、熱い粥・冷たい粥・薄い粥を摂るように書かれている部分もあるそうです。
張仲景は、寒い冬に耳が「しもやけ」になった人々に、羊肉を辛子などと軟らかくなるまで煮込み、細かく刻んだものを具にした水餃子を食べさせたそうです。その水餃子を食べた人々は、体が温まり、血流も良くなりしばらくするとみみの「しもやけ」は治ったそうです。
「金匱要略」には、「寒疝で、腹中痛や脇痛がある者は、当帰生姜羊肉湯で治療する」という記述があるそうです。
このような張仲景の影響で、地方によっては、今でも、冬至に水餃子を食べる習慣が見られるそうです。